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  3. ミネラル還元水素水生成器の発明 − 奥村崇升氏

この奥村崇升氏のお話は、
お薦め商品『マグスティックネオ』の開発物語としてご紹介するものです。

開発者である奥村氏の「人様のお役に立ちたい!」という思いが込められた本商品は、
ご利用いただいた方々に、確かな効果を実感していただいているが故に、
2001年の初代商品の販売開始から15年以上が経過した今も尚、
数多くの方々にご愛用いただいています。

ミネラル還元水素水生成器の発明 − 奥村崇升氏

株式会社日本鉱泉研究所会長奥村崇升さんは、
1937年(昭和12年)、名水で名高い熊本市水前寺にお生まれになり、
1954年、高校を卒業してから海上自衛隊に入隊、江田島術科学校を経て、
1960年、辻調理師学校神戸校にて栄養学・調理理論を学び卒業。その後、潜水艦「おやしお」「はやしお」の調理長を歴任し、乗組員の栄養管理業務を担当されました。

当時を振り返り、
「元々釣りが好きだったので、海に興味が向かったんでしょうね。
食事を担当することで栄養学も勉強できましたから、
これがアルカリ還元水を研究するのに役立ちました。」
と奥村さんは語っておられます。

どん底に突き落とされ、これまでの生き方を顧みる

1966年、お子さんを産んだばかりの奥様が急死されたために、
自衛隊を退官して熊本に戻ることを決意され、
熊本市内でも有名な家業のいけす割烹料理店「味のおくむら」を継ぐことを決意され、自衛隊を退官して熊本に戻り、
二代目実業家として新たな人生を歩み始めることとなりました。

ほどなく再婚し一家を構え、事業にも邁進し、料亭だけでなく居酒屋、レストラン、レジャー施設のオーナーとして、地元熊本市でも有名な事業家となられました。

事業も順調に進み、人生を謳歌していたバブル経済前後の40代の頃、
奥村さんの人生に思いがけない転機が訪れます。


仕事は忙しくハードな生活を送る半面、
持ち前の豪快さから休むということはされませんでした。
無理な生活がたたり病気がちとなり、
約10年間にわたり入退院を繰り返すようになってしまいます。
そして、49歳の時、定期検診を受けたところ、胃に腫瘍があると宣告されてしまったのでした。

「“癌”という言葉は出ませんでしたが、
腫瘍といえば“癌”であることくらいわかっています。
でも、どうしても手術をする気にはなりませんでした。
女房や母親は『手術してくれ!』と泣いて頼みましたが、受け入れませんでした。

当時の私の姿はひどかったですね。
病気でヨボヨボでしたから、杖をついていたんです。
妻と母と私で歩いていると、私と母親が夫婦と間違えられた。
70歳くらいにみえたんですよ。」と当時を振り返っておられます。


悪いことは重なるもので、やがてバブル経済は崩壊。
手広く営んでいた事業も打撃を受け、借金だけが残り、
病気と借金で生きる希望を失い自殺まで考えられたそうです。

そして、

1990年(平成2年)、まさに人生どん底と感じたその時、
大本教の出口日出麿三代教主補著の『生きがいの確信』という本と出会い、「これまで自分の利益のためにだけ生きてきたから、こういう結果になったんじゃないか?
確かに他人のことなど考えないで生きてきた。
これを機に、人様の役に立つことをして生きていこう。」
と決心されます。奥村さん53歳の時でした。

病気を予防し、治療に役立つ水を求めて

こうして奥村さんが取りかかったのが水の研究でした。
水前寺は名水で名高く、
水前寺公園にはずっと続けられている“水飲み健康法”というのがあり、
『病気治すにゃ薬はいらぬ。病気治すにゃ毒を出せ。毒を出すには水を飲め!』が合い言葉となるほどでした。


奥村さんは病気になったとき、
『子供のころ、よく飲んでいた昔のおいしい水が飲みたい!』と心底感じた。
しかし、水前寺周辺も昔ほどおいしい水は飲めなくなっていた。
「それならば、昔の水を取り戻そう!」そう思ったのが発端でした。


手始めに調べてみたのは、電気分解してつくられる“アルカリ還元水”(別称:アルカリイオン水、または電解還元水)でした。
「現代人の諸病の原因は、水(水道水の水質)にあるのではないか。」という学説を唱えていた林秀光医学博士の著書を読みあさり、
電気分解法で作るアルカリ還元水を飲みはじめられます。

しかし、奥村さんには、「天然の水を、電気エネルギーを使って、人工的に二極分解すること自体 非常に不自然だ。」と感じられました。

そのころ、奥村さんは、“癌”を治したい一心で食べ始めたブラジル原産の“シモン1号”という健康食品として有名なサツマイモを栽培しておられ、
1年目は大きなイモが収穫できたのに、2年目は小さいものしか収穫できず、
土壌を調べシモン1号の栽培に適した砂を探すことになります。
探し当てた砂を畑に蒔いてサツマイモを栽培すると、
また大きなサツマイモができました。


この砂に含まれていたのが、良質の天然ミネラルであることがわかり、
「土中から溶け出た良質のミネラルを含んだ水をよく吸い上げるから、
良質のサツマイモが育つのであれば、
そのミネラルが溶け込んだ水を直接飲めばよいのではないか?」という発想から、
“その土壌に混ぜる砂を水に入れておくと、ミネラルを含んだおいしい水になっている”ことを発見されます。

そして、その日から
「自然なプロセスで、“身体によい水”、“病気を遠ざけてくれる水”を作る方法は必ずあるはずだ!」、
「母なる地球は、必ずあらかじめ自分が求めているものを用意してくれている。」
と信じて疑わず、
私財を投げ売って、セラミック、鉱石など、ありとあらゆる天然素材を買い集め、
暗中模索、試行錯誤を繰り返しながら徹底的に調べる日々が始まります。


水を飲みつづけたら腫瘍が消えた!

数多くの天然素材を集め、
次から次へとこれらを組み合わせて、ひたすら実験を行い続け、
最適な素材を見つけ出すという作業は決して楽なものではありませんでした。

「自衛隊時代に学んだ栄養学、特にミネラル栄養学的見地から見ても、
安くて自然のものをテーマに掲げ、ずっと研究を続けてきたのです。
試行錯誤と順列組み合わせの毎日を過ごしました。
気が遠くなるような研究でした。」
と語っておられます。

そして、様々な物質で実験してようやく辿り着いたのが、
海洋深層水から抽出した高純度の“マグネシウム”でした。

「高校の化学で酸化還元反応の実験をやったのを覚えていませんか?
マグネシウムは還元する力が強いんですね。
だから、原理は極めて単純です。


いろんな物質で実験してみましたが、高校の化学の知識で十分だと分かりました。
ただ、そこに目を向ける人が世の中にはあまりにも少ないんでしょうね。」
と語っておられますが、そこまでの道程は決して平坦なものではなく、
研究開始から既に数年の歳月が過ぎようとしていました。

こうしてアルカリ還元水を飲み続けながら研究に没頭しておられるうちに、
いつしか奥村さんの胃にあった腫瘍が消えていたのでした。


自然の力を利用した『ミネラルイオン化還元方式』の発明

「アルカリ還元水は病気をも癒す」ことを身をもって体験された奥村さんは、
自らの体験を広く世間の人々に知ってもらおうと、
さらに研究を本格化し、商品の開発販売を事業化するために、
1995年(平成7年) 日本鉱泉研究所を設立されます。

そして、研究開始から8年後の1998年(平成10年)
遂に、マグネシウムを含む6種類のセラミック類の素材を組み合わせた「フォーミュラX」の開発に到達され、
この「フォーミュラX」を用いた初代商品は、
現在の「マグスティックネオ」の前身である“不思議セラミック”として発売されるに至ります。

その第一号商品は、すでに電解還元水による治療で数多くの実績を上げ、
数年前から奥村さんに、商品開発についてのご指導、ご助言をしておられた神戸市の協和病院 河村院長のもとで使っていただけることとなりました。

長年、奥村さんにご指導ご助言をしてこられた河村宗典院長は、
「活性水素を含むアルカリ還元水を整水するには電気分解方式がいちばんといわれている。また、天然に存在するアルカリ還元水などは明らかに有限のものである。

しかしながら、奥村君が研究開発したミネラル還元整水器は、
世界中の人々がだれでも安価にかつ水道水を注ぐだけ簡単にミネラル還元水を手に入れることができるものであり、
飲める水がなくなりつつある現代および将来においては、
人類の遺産になるといっても過言ではない」
との励ましの言葉を奥村さんに送っておられます。


発売当初、“不思議セラミック”の販売は伸び悩みましたが、
口コミで利用者の方が徐々に増え始めていました。

そして、 形状を一新し整水材にさらなる改良を加えたミネラル還元整水器“元気の水”−「マグスティック」の発売を開始した直後の2002年(平成14年)
このミネラル還元整水器の素晴らしさを体感された経営コンサルタントとして名高い船井幸雄氏が、
自らの著書「本物時代が幕を開けた」の中で、
「蘇生化・健全化の決め手が開発された=奥村崇升さん開発の“本物”の水=」として、32ページにわたって紹介され広く世の中に認知されることとなります。


この著書の中の一文として、以下のことが書かれています。
「奥村社長は、製品を開発する過程で、理論や技術だけにこだわらず、常に“自然に学ぶ”という姿勢をとってきた。

六種類の鉱石がなぜいい水をつくり出すのかは、理論や実験によって実証された部分もあるし、現象が表れてから後で解明された事象もある。

しかしそれ以上に、まだ科学的に解明されていない事柄であるとか、
現代科学が考えもしなかった秘密が自然の中に含まれているはずであり、
自然に逆らわない真摯な態度がこの水を生みだしたといえそうである。」

さらに、アメリカのパトリック・フラナガン博士が、長寿村として名高いパキスタンのフンザの水の研究詳細を著わした
「Elixire of the Ageless」を翻訳し、

「解き明かされた『不老の水』 - 長寿王国の秘密は「水」にあった」として執筆された藤野薫氏が、
2003年(平成15年)に出版された
「めざそう! 天寿は百はたち − 水で平均寿命を変えた大発明」と題した著書の中で、「第六章 日本の独創的研究 奥村方式の浮上」として、
電気分解方式やフラナガン博士開発のシリカ水素化物との共通点を上げながら、
「身体によい水」の条件を満たしていることを解説しておられます。

また、奥村さん自身、ミネラル還元整水器“元気の水”を開発するまでの調査・研究によって培われた健康に生きるための水の知識の集大成として、
「『元気の水』が体を癒す」と題する一冊の本にまとめ上げ、2004年(平成16年)に出版しておられます。

この著書の中で、
奥村さんは、地球環境にとっても“水”はかけがえのないものであるとの視点から
地球上で生命あるものが育つのは、地球自身が生きものだからにほかなりません。ですから、私たちは地球を生きものとして研究する必要があるのです。

たとえば、地球にとって水は生命体のどの部分にあたるのか、
どんな生命現象が見られるのか、
そして、どのようにしたら水から生命につながるエネルギーをいただくことができるのかを、もっと知らなくてはなりません。」
と、述べておられます。


左の写真は、2003年2月に、
私(管理人)が初めて奥村さんにお会いした際に、一緒に撮影させていただいたものです。

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